イチジクコバチの「裏切り者」
大阪府の高槻市にJT生命誌研究館という、生命誌に関する研究と普及活動をしている所があり、そこから「季刊生命誌」が発行されています。 この「季刊生命誌」には、毎回付録が付くのですが、今回(67号)の付録はイチジクコバチに関するモビール(下の写真)でした。
イチジクは漢字で「無花果」と書くように、花はみあたりません。 しかし、食べるイチジクの部分は「花嚢(かのう)」と呼ばれていて、その中で花が咲き、野生のイチジクの仲間では種子ができます(日本で栽培されているイチジクは、改良されていて、硬い種子はできません)。
この人の目に触れない花の花粉を媒介するのがコバチ(小蜂)の仲間です。 野生のイチジクの仲間であるイヌビワとコバチの関係については、次の内容を私のHPに載せています。
・イヌビワの雌株の花嚢の様子
・イヌビワとイヌビワコバチの関係について
・野生のイチジクの仲間のいろいろ
今回のモビールをもう一度見てみます。 赤っぽい成熟した花嚢から花粉をつけたメスのコバチが緑の未熟な花嚢に向かっています。(このモビールには6匹のコバチがついていたのですが、モビール製作中に1匹のコバチはどこかへ飛んでいってしまいました。) 赤い成熟した花嚢の中には、メスコバチより少しだけ早く生まれ、メスコバチの交尾相手としての役割を終え、一生花嚢の外に出ることの無いオスコバチが取り残されています(下)。
メスのコバチは体に黄色い花粉をつけています。 ところがよく見ると、1匹だけ花粉を運んでいません(下の写真の左側)。
コバチは花粉を運んでやる代わりに、花嚢内を産卵場所として利用させてもらっています。 イチジクの仲間とコバチの仲間は、イヌビワとイヌビワコバチの関係のように、1種対1種の共生関係を1億年以上も続けてきました。 花粉を運ばないコバチの行動はイチジクに対する裏切りです。
最近の研究では、裏切り者のコバチが花嚢に入ると、イチジクは花への栄養を十分送らずに、コバチが育つ前に花嚢を枯らす事が分かってきました。
世界の野生のイチジクを見ると、この「裏切り者」に対する制裁機構はイチジクの種類により強弱があるようです。 制裁力の強いイチジクの仲間ほど裏切り者の数は少ないようなのですが、例えば奄美大島以南に分布するアカメイヌビワ(下の写真)では、裏切りコバチの数がたいへん多く、制裁機構がうまく働いていないようだということです。 アカメイヌビワなどでは、共生関係を維持するために、何か別のしくみをもっているのでしょうか。 野生イチジクとコバチの関係、奥の深いおもしろい関係です。
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コメント
そよかぜさん、こんばんは
1年間欠かさず読ませて頂きました。
興味深い内容をありがとうございました。
今日の「裏切り者のコバチ」ですが、たまたま花粉をつけずに果嚢からでてくることができたのでしょうか?
「花嚢を枯らす」・・・雌花嚢も雄花嚢も小さいまま落ちたのがたくさんあります。コバチが入らなかったのかなぁって思っていたのですが、そんなこともあるんですね。
投稿: panda | 2010年12月31日 (金) 00時33分
pandaさん、ずっと読んでいただいてたんですね。ありがとうございます。
コバチはもちろん「花粉を運ばなくっちゃ」とか「めんどうだから止めとこう」とかの意思はありません。
コバチの腹部には「花粉ポケット」と呼ばれる構造があり、花嚢を出る時に自然にそこに花粉が入り込み、次の花嚢に入り込む時もこすり落とされないようになっています(詳しくはこちら)。この花粉ポケットの構造が不完全な個体はうまく花粉を運べないことになります。
コバチの体のこのような構造を発達させたのはイチジクの方でしょう。
つまり、花粉をうまく運んでくれる体のつくりを持ったコバチの子孫を増やし、花粉を運べない体のつくりを持ったコバチには子孫を作らせない、そのような何らかのしくみがなければ、このような進化は起こらなかったはずです。
「季刊生命誌」の表現を借りて「裏切り」だとか「制裁」のような擬人的な表現をしましたが、これはもちろん結果を直感的に分かりやすく表現するための手段にすぎません。
投稿: そよかぜ | 2010年12月31日 (金) 08時46分
こんにちは。
イヌビワとイヌビワコバチの関係を面白く読ませていただきました。
今年もたいへん興味深いお話を有り難うございました。来年も楽しみにしています。どうぞ良いお年をお迎え下さい。
投稿: 多摩NTの住人 | 2010年12月31日 (金) 09時44分
コバチの腹部の「花粉ポケット」面白いですね、花粉をうまく運んでくれる体のつくりを持ったコバチがいるんですね。言葉で表せないけれど、いろいろ教えていただいた中で、私にとっては今年の大収穫です。ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
投稿: | 2010年12月31日 (金) 11時46分
いつもお花たちと虫たちの関係が上手くいってるモンだと感心してるんですが、
そうでも、無いことがあるんですよ・・・と
いうことかしら?
このモビールってよ~く見るとタダモンじゃなかった・・・
そよかぜさんのお部屋でユラユラ揺れているんですか?今も?
投稿: わんちゃん | 2010年12月31日 (金) 15時28分
すぐ上のコメントはIPアドレスで検索するとpandaさんですね。
多摩NTの住人さん、pandaさん、私こそ皆さんのブログで楽しませていただきました。またこのブログを見ていただけることで、“取材”にもでかけ、野山を歩くことは健康にも役立っています。ありがとうございました。どうぞ良いお年をお迎えください。
と、こう書いてしまうと、31日の記事は、もう書けないですね。
今日は掃除と片付けに専念します
投稿: そよかぜ | 2010年12月31日 (金) 15時36分
わんちゃん、いちばん最初のpandaさんのコメントに対するコメントに書いたように、植物と昆虫のすばらしい関係がどのようにして作られてきたのかを示す一つの例としても捉えることができると思います。
生物どうしの関係は、単純な原因-結果の関係ではなく、たいへん複雑なもので、そのことがいろんな事態でも安定を保つことのできる柔軟さの秘密かもしれませんね。
モビールは今もエアコンの風でゆらゆら揺れていますよ。
投稿: そよかぜ | 2010年12月31日 (金) 15時49分
>今日は掃除と片付けに専念します
ご苦労様でした・・・・・
ゴ~~ンと近所のお寺の鐘が・・・・・
そよかぜさんのblogはとてもお勉強になるのですが、ちょこっと難しいところもあったりして、結構背伸びのわんちゃんです。
でも、ちょっとづつ解る部分が増えてゆくのが嬉しいです
これからもヨロシクです。
投稿: わんちゃん | 2011年1月 1日 (土) 00時10分
難しい所はどんどん質問してくださいね。
そのことが、このブログの改善にも役立つのですから。
投稿: そよかぜ | 2011年1月 1日 (土) 07時05分